計画的偶発性の自己怪事
【第22回:発達障害】

「1級キャリアコンサルティング技能士の大井宗太郎が人生を振返る中で見つけたキャリアサンプル」を不定期にお届けするコラムです。
「この人もそうかもしれない」…気づいた瞬間、苛立ちは理解に変わる。学びがくれた平穏。
1歳半くらいの頃、床に座ってテレビを観ていた娘が突然泡を吹いて後ろに倒れました。意識がありません。娘が死ぬ、としか思えず、一瞬パニックに。すぐに救急車を呼びました。暫くして意識は戻りましたが、人生で一番衝撃的な出来事でした。小児てんかん、というのが医者の見立て。当時は国立小児センターがすぐ近所でした。精神科の先生がベテランで大変素晴らしく、娘はその後15年以上お世話になりました。開業して小児専門でも高校生の娘を受入れてくれました。

アスペルガー症候群の傾向はあるが、断定はできない。いわゆるグレーです。友人とのコミュニケーション、自己感情の抑制など問題があることは、薄々気づいてはいました。診断名がついて納得することがありますが、グレーということで、モヤモヤしました。しかしこのことで、発達障害や学習障害など勉強会や独学で深く学びました。

学ぶうちにある気づきがありました。何だ、これって親父のことじゃない。親父は発達障害だったんだ。流石に戦前には、発達障害の見立てはないよな。この時初めて親父の言動の根底にあるものが理解でき、と同時に変わることがないという諦めの気持ち、戦うことに意味がないことを理解しました。暖簾に腕押しですね。少し楽になりました。祖母も散々昔、私が甘やかして育てたからと自分を責めていましたが、育て方ではなく、発達障害だったのです。

その後、色々個性のある方、特性のある方、仕事上で関わりましたが、発達障害のことを学んだことで、ストレスがありません。素直に受け入れることができます。本人も自覚がないだろうが、この方も発達障害かもしれないけどこの方の個性だから受入れよう、理解しよう、という心構えができました。いちいち面倒くさいと思わなくなりました。

ある時から「普通」という言葉を使わないようにしています。何が普通で、何が普通じゃないのか、普通の基準は何か、それは決められません。必ずグレーゾーンがあるからで、私にもあると思います。

発達障害を一つの個性であると理解できて、人に優しくなりました。学ばせてくれた娘に感謝です。

筆者プロフィール

筆者:大井 宗太郎
Sotaro Oi

1級キャリアコンサルティング技能士

大井宗太郎が担当する講習

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